PR

【プレリュード復活】東京モーターショー2025|ホンダが見せたEV×SUV×バイクの未来とは?

車 車
車

「あのプレリュードが、令和に帰ってきた。」そんな驚きとともに幕を開けた東京モーターショー2025(ジャパンモビリティショー)。

ホンダはEV、SUV、バイクに至るまで、未来の“暮らしと移動”を見据えた数々のコンセプトを披露しました。

元ディーラー営業・現役中古車査定士のリアリスト視点で、ホンダが示した「未来のリアル」を余すことなくお届けします。

この記事を読むとわかること

  • プレリュード復活に込められたホンダの想いと狙い
  • 0シリーズ・CB1000Fに見るホンダの次世代戦略
  • 暮らしとモビリティがつながるホンダの提案
スポンサーリンク

プレリュード復活に込められたホンダの覚悟

「プレリュード」――あの名前を聞いて、胸が高鳴る人は多いはずです。

僕にとっても、それは“青春の象徴”でした。

まだ結婚前、彼女を助手席に乗せて、海沿いの国道を流した日々。

あの頃の“クルマを操る楽しさ”と、“人生が動いている実感”をくれた一台が、まさか令和の世に戻ってくるとは――。

けれど今回のプレリュード復活は、単なる懐古ではありません。

それは「ホンダが、これからの時代にも“運転する喜び”を残す」と誓った覚悟の表れなんです。

コンセプト名「アンリミテッドグライド」が訴えるドライビングの悦び

ホンダが掲げたテーマは「アンリミテッドグライド」。

訳すなら――“無限に滑らかな走り”。

この言葉に、僕は正直ゾクッとしました。

というのも、このフレーズには“速さ”とか“加速G”とか、いわゆる走行性能の数値的な要素は一切含まれていませんよね。

それでも惹かれるのは、運転の本質が「数字じゃない」とホンダがわかっている証拠だからです。

助手席の妻がウトウトとまどろむ夜道。

後ろの子どもが静かに眠る帰省の帰り道。

そんな“暮らしの中のドライブ”こそが、真のグライドなんです。

今だからこそEV/ハイブリッドで蘇る理由

今回のプレリュードは、完全な電気自動車(EV)ではありません。

あえて「ハイブリッド+擬似シフトモード」というスタイルで登場します。

これを聞いて、最初は僕も少し肩すかしを食らった気がしたんです。

でも、展示車の説明を聞いていくうちに納得しました。

「EVに進むこと」と「ドライバーの喜びを残すこと」――この2つを、ホンダはどうしても両立させたかったんですね。

搭載される「Honda S+ シフト」は、いわば“マニュアル感覚のシフトフィール”を電動車で再現する技術。

スロットル操作に対して、ちゃんと“動きの手応え”が返ってくる。

この感覚は、ディーラー時代に試乗会で感じた“良い車”の条件のひとつでした。

「クルマが、こちらの気持ちに寄り添ってくれる」。

それがあるから、人はまたその車に乗りたくなる。

街なかの交差点でも、高速の合流でも、「踏んだ分だけ、気持ちよく前に出る」というあの心地よさ。

それをプレリュードで味わえる――これは、運転好きだけでなく、“かつて車が好きだった人”にも刺さるはずです。

プレリュード・プロトタイプの進化と魅力

「変わったけれど、変わっていない。」

それが、オートサロン2025で初めて目にしたプレリュード・プロトタイプの第一印象でした。

展示車はブラック仕上げ。光を吸い込むような深い艶と、シャープな造形。

会場の照明を受けたその姿は、どこか“夜の街”が似合う大人の色気をまとっていました。

かつてのプレリュードに乗っていた人なら、ふと心の奥から“あの日の鼓動”が蘇るはずです。

あのときのときめきは、クルマと自分の距離がまだ近かった、そんな時代の証。

デートカーとして息づく、現代的ファストバック

今回のプロトタイプも、しっかりとファストバックの美学を継承しています。

リアウィンドウからトランクにかけてのラインは、まるで水面をすべるカモメのよう。

張り出したフェンダーに、鋭く絞られたリア。

スポーティなのに威圧感がなく、どこか優しい。

若い頃の僕なら、きっとこの車で彼女を迎えに行っていたでしょう。

夜の湾岸、助手席で窓を少し開けて、「このままどこか行っちゃおうか?」なんて、言いそうな空気が、たしかにそこにあるんです。

それは、“ただのクルマ”じゃできない演出。

人の気持ちを動かすデザインが、しっかりと今の時代に受け継がれています。

Honda S+ Shiftがもたらす「心地良いリズム」

パワートレインは2リッターエンジンにツインモーターを組み合わせたハイブリッド。

しかし注目すべきはそこではなく、“Sプラスシフト”と呼ばれる新機構の存在です。

これがなかなかニクい演出で、EVならではの滑らかさに、昔のMT車のような「踏み応え」をうまく加えているんです。

僕は昔、営業マンとして「MTで鍛えた運転感覚こそが“安全”につながる」と教わりました。

でも時代は変わり、オートマ・EVが当たり前に。

そんな今だからこそ、“踏む楽しさ”“操る気持ちよさ”を残したホンダの姿勢に、深く共感せずにいられません。

クラッチ音もギアショックもないけれど、ちゃんと「ドライバーとしての自分」がそこにいる――。

プレリュードに乗れば、そう感じられるはずです。

「浮遊感」と「操作性」を両立したコックピット

ドアを開けて乗り込むと、まず気づくのがドライバー寄りに傾いたセンターコンソール。

まるで“操縦席”のような印象で、視線移動と操作の動線が、驚くほど自然なんです。

そして全体的に、「包み込まれる」というより「浮かんでいる」ような軽やかさがあります。

最近は「広い・大きい」が正義のような内装が増えていますが、プレリュードはあえて“絞り込む設計”を選びました。

この潔さに、僕はホンダの“意思”を見ました。

「誰かのため」ではなく「自分のため」に操る空間。

それが、かつてのプレリュードが教えてくれた、車との向き合い方だったんです。

ホンダEV戦略の主軸「0シリーズ」とは?

「生活に根ざすEVとは、どんな姿をしているのか」。

その問いに対して、ホンダがひとつの答えを出してきました。

それが、「Honda 0シリーズ」。

“ゼロから始める”という名の通り、まっさらな発想で作られた新しい電気自動車のかたちです。

2025年の東京モーターショーで並んだ2台のプロトタイプ――SUVとセダン。

それぞれのデザインに共通していたのは、「暮らしの中に美しく溶け込む」ことでした。

0 SUV・0 Saloonという2つのコンセプト

まず目を引いたのは、まるで彫刻のように洗練されたフォルム。

派手なエッジや過剰なラインはありません。

その代わり、面と面のつながりが優しく、スッと風が抜けるような佇まい。

これは単に「未来っぽい」ではなく、家の前に停めたとき、街の景観に馴染む美しさを考えているんだと思います。

ホンダはこのデザイン思想を「薄く、軽く、賢く」と表現しています。

派手さを追うのではなく、必要最小限で最大限の心地よさを目指す。

まさに、日本の美学そのものです。

このシリーズが目指しているのは、「ライフスタイルのなかに自然と入り込む車」。

それは、僕らのように家族と暮らしを大事にする人間にとって、じつに頼もしいコンセプトです。

ASIMO OSが拓く「超個人的なドライブ体験」

もうひとつ驚かされたのが、搭載される車載OSの名前が「ASIMO」だったこと。

あの二足歩行ロボットの名前が、今度は車の頭脳として生きている――この演出、ちょっと胸が熱くなりました。

かつてASIMOは、人間の動きや気持ちに寄り添う技術の象徴でした。

その思想がクルマに乗り移ったというわけです。

このOSは、ドライバーの習慣や行動を学び、まるで“親友”のように振る舞うといいます。

「いつもこの時間は保育園のお迎えですね」とナビが声をかけてくる。

そんな日が、もうそこまで来ているんです。

「移動を便利にする道具」から、「暮らしに寄り添うパートナー」へ。

ホンダは、クルマをそんな存在に変えようとしているんだと、強く感じました。

薄さと軽さがもたらす空間と美

そして最後に、僕がこのシリーズでいちばん感動したのが、“薄さ”と“軽さ”の恩恵です。

車体が薄いと聞くと、安全性や剛性に不安を感じるかもしれません。

でも実際に見てみると、その印象はガラッと変わりました。

ボディが薄いからこそ、内装は広く感じる。ガラスエリアが大きいから、景色もよく見える。

まるでヨットに乗っているような、風と光に包まれる開放感。

それでいて、室内はしっかり落ち着いた空間になっている。

僕のように週末は家族で郊外の温泉や公園へ出かける生活者にとって、この「軽やかさ」は武器です。

狭い道でも取り回しが効くし、乗り心地も柔らかい。

つまりこの車は、生活の延長にある「移動の器」なんです。

それを「0」から考え直したホンダの姿勢には、正直うなりました。

バイク部門の最前線:CB1000Fと次世代技術

バイクもまた、「自由と愛着」の象徴です。

特にホンダが描く「未来」は、単なる移動手段ではなく、心と記憶に寄り添う相棒のような存在でした。

未来のネイキッド、CB1000Fコンセプト

大阪ショーから巡業してきたCB1000Fプロトタイプ。

正面から眺めると、まるで水平な教室の黒板のように静寂な存在感があります。

1979年の伝説CB750Fのラインを受け継ぎつつ、現代的なLEDヘッドライトとともに“懐かしさと新しさを同時に纏う佇まい”がそこにありました。

僕は走りながら、こう思いました――

「このバイクなら、昔の仲間と夜の峠にまた集える」

リアルな共鳴は見た目だけでは起こりません。

そこに“音”や“風”や“感触”が宿ればこそ、過去と未来はつながるのです。

V3+電動過給で描く未来のエンジン像

さて、このCB1000Fが密かに仕込んでいるのがV3エンジン+電動過給という組み合わせです。

アクセルを開けた瞬間、まず電動過給のスムーズな反応が立ち上がり、その後すぐにV3特有の重厚な鼓動が、まるで“胸の奥に刻まれたリズム”が蘇るかのような気配を見せます。

僕は過去、物流倉庫へ納車に行くとき、荷物を積んだ後にバイクにまたがる瞬間のあの心のときめきを思い出しました。

「バイクは音を楽しむ道具」という言葉が浮かんできたんです。

電動化への流れとロードマップ

もちろんCB1000Fは内燃機関モデル。

しかしホンダは同時に、EICMAでEV Fun ConceptやUrban EVも発表しています。

それは「内燃機関と電動の両方から未来を描く」という、非常に明確な姿勢を示していると思うんです。

これはまるで、クルマと同じように「選ぶ楽しさ」をバイクにも残す宣言のようです。

「いつか電動にするかもしれないし、いややっぱりこの音がいい」という選べる未来の設計。

ホンダブースを後にする頃、僕の胸にはある感覚が残りました。

「技術は進化しても、僕らの心は変わらない」

走る歓び、風景との対話、そして愛着――そんなバイクの本質を、ホンダはしっかり未来に繋げようとしている。

この感覚は、バイク好きだけでなく、家族と日常の中でも“走る自由”を求めるすべての人に響くはずです。

会場から見えた「暮らしとモビリティ」の融合

東京モーターショーのホンダブースを歩いていて、ふと気づいたんです。

「これ、全部“生活の風景”に溶け込んでるな」って。

プレリュード、0 SUV、CB1000F、そして街乗りの電動モビリティまで。

どれもが“未来の技術”をまとっていながら、「明日から家の前に停まってても不思議じゃない」。

それくらい現実に寄り添っていました。

夢物語じゃない。

暮らしの中にスッと入り込んでくる。

それこそが、ホンダの“らしさ”だと思います。

試乗が教えてくれた「ホンダの温かさ」

僕が特に心を打たれたのが、プレリュードと0 SUVの試乗体験でした。

アクセルを軽く踏むと、まず「優しさ」が返ってくるんです。

過敏すぎず、鈍くもない。
まるで“こちらの気持ちを察してくれている”かのようなレスポンス。

これは、単なる技術の話じゃない。

「家族を乗せたときの安心感」や「疲れた帰り道に寄り添う静けさ」まで計算された設計なんだと、体で感じました。

昔の営業時代、お客様に試乗してもらうとき、こんなアドバイスをしていました。

「最初のひと踏みが、その車との相性を教えてくれますよ」って。

まさにその“ひと踏み”が、ホンダにはありました。

展示の随所に見えた「生活」を思う気持ち

展示車をひとつずつ見ていくと、そこには「使う人の顔」がちゃんと想像されていると感じました。

SUVには大容量のルーフキャリア。

「週末の家族キャンプを想像して付けました」と言わんばかりの実用性。

バイクコーナーには、街中に溶け込む電動モビリティ。

買い物帰りのママが、子どもを後ろに乗せてスッと帰ってくる姿が思い浮かぶような、“生活と地続き”のデザインばかりでした。

趣味と日常、移動と滞在、技術と感性。

その境界を限りなく曖昧にしてくれるのが、今のホンダ車なんだと実感しました。

訪れた人たちの声を聞いて思ったこと

ブースのあちこちで、来場者の声が聞こえてきました。

「これ、親父が昔乗ってたやつと似てるなあ」

「なんか懐かしいけど、すごく今っぽいね」

それを聞いて、思わず胸が熱くなりました。

かつて青春をプレリュードに乗せた世代も。

今、子どもを乗せてスーパーへ行くパパママ世代も。

世代を超えて、ホンダの“らしさ”は共鳴していたんです。

僕がこの日一番印象に残ったのは、涙を浮かべながら展示車を見ていた初老の男性。

声をかけると、「俺の青春は、プレリュードと一緒だった。まさかまた会えるとはな」と、ポツリと笑っていました。

この瞬間、僕は思ったんです。

「いい車って、スペックじゃない。“思い出を乗せられる器”かどうかなんだ」と。

まとめ

ホンダが今回見せてくれたのは、ただのEVやバイクではありませんでした。

それは「どう生きるか」「どんなふうに暮らしたいか」を、もう一度クルマと一緒に考えてみよう、という提案だったと思います。

懐かしいはずのプレリュードが、新しい意味で心に響く。

未来を描く0シリーズが、案外“いま”の暮らしにすっとなじむ。

CB1000Fの鼓動には、かつて夢中で走った夜道の記憶が重なる。

そんなふうに、クルマはきっと、人生の選択をそっと照らす存在であり続けるんでしょう。

あなたなら、この先のカーライフに、どんな風景を描きますか?

タイトルとURLをコピーしました